50代で起業した、リアル起業奮闘記、今回は5回目です。
今回は、SOS物語としているその由来や、会社のシンボルマークの意味、
会社を辞めたりするときに起きた、いろいろな出来事のお届けです。
興味のある方は、ぜひお付き合いください。
時代が時代で、シニア企業、50代で起業するかたも増えてきていると思います。
サラリーマンを辞めて起業を考えている方に、現在進行形の話を書いています。
50代起業家リアル(現在進行形)奮闘記・SOS物語
◇SOSとした理由(わけ)
SOS物語とした理由って、実は単純です。
そう、僕が設立した会社名が、「株式会社シンプルワンソフト」
英語で書くと、”SIMPLE ONE SOFT, Inc"
以上って感じです。
英語の頭文字をとれば、S-O-S。
一応うたい文句は、「困った人をITの技術で助けたいと考えて」ですが、
家族からはコロナショック以降は、
「自分がSOSだよねぇ」
と笑われています。
◇退職のお祝い
起業は東京ですが、以前勤めていた会社は名古屋になります。2末で退職、3月に準備、4月から東京の予定でした。
会社を辞めるとき、20年以上働いたこともあるのか、送別会は何度もやってもらいました。
結構な人数に送り出していただき、ありがたかったです。
送別会なので、最後に送別の品物をいただきました。
花束に加えて頂いたのが、1)錫(すず)製の酒器、2)大吟醸の日本酒、そして、3)酒のおつまみ。
幹事さん、ちゃんと考えてくれてますよね、3つセットで揃ってる。
それにしても、この1)から3)って、同じ送別会でもらったものではありません。
全て別々にもらったんです。
幹事間の連携がすごいのか、単に僕が、どれだけ酒飲みと思われてたのか・・・
◇退職のあいさつまわり
会社が複数のオフィスビルに分散していたし、20年以上もいるとお世話になった場所も多いので、最終週はあいさつまわりに費やしました。
僕の退職については、一部の管理職の方にしか伝えなかったこともあったので、顔を出すと「辞めるの今日知りました!」という人は何人もいました。
もう少し展開しておいた方がよかったのかも知れないな、とも思いましたが、退職を伝えるのはなかなか難しい問題です。
ひととおり挨拶して、そのオフィスを立ち去ろうとしたら、他社の方の名刺を押し付けられました。
「え、何これ?」
「うちに協力してくれている会社の営業さんの名刺です。こっちで仕事することがあったら、その会社経由で私に使われてください。
こき使ってあげます!」
うれしいのか、おそろしいのか。
もちろん、名刺はありがたく頂戴しておきました。
◇最終出社日
会社の最終出社日は、夕方からスケジュールをブロックしました。
その日は、持ち帰る荷物が相当量になりそうだったので、送別会をいれられるとさすがに困ると思ってのことです。
お世話になった自分の部署の方々にお礼をして、両手に結構な荷物を抱えながら帰宅の途につきました。
その頃は送別会続きで夕ご飯はなしにしていたので、帰りに会社の近くのラーメン屋に立ち寄り、タンメンを注文。
退職は3社目だったのに、20年以上働くと感慨深いものがあります。
タンメンを食べてると、20年がんばった、だったのかは未だにわからないのですが、なぜだか涙がでてきました。
「今日、会社の最終出社日でした、いままでありがとうございます」
しばらく会ってなかった方に連絡したら、偶然にも近くにいるとのこと。
荷物をコインロッカーにあずけ、最後はラーメンではなくて、別のお店で食事。
偶然に応援されて、元気になれました。
ありがとうございます。
◇無職に乾杯
大学を卒業してからは、転職はしているもののサラリーマン生活を続けてきました。
その中で、とても珍しい時期が今年の3月にありました。
3月1日から、3央まで、つまり会社設立までの17日間です。
その期間に、知り合いから呼び出されました。
こんなことを言われます。
「こんな機会めったにない、というか今だけだろうし」
「はい?」
「無職でしょ」
「そうだね(笑)」
「お世話になったし、今日は、ご馳走します」
若いので食事にいっても僕が支払いしていたので、そのお返しとのこと。
最後に、頑張ってねってメッセージもいただきました。
ごちそうさまです。ありがとうございます。
はい、頑張ります。
◇最後の送別会
僕の退職が皆に伝わるのがおそかったこともあり、最後の最後2末に1つ送別会が残ってしまいました。
そのあたりになると徐々に新型コロナも拡大してきて、送別会が急遽できなくなりました。
その時の幹事のかたからのメールには、
「もうしわけないのですが、新型コロナの影響で終息するまで延期させてください」
それは当然なので、中止にしますか、と返事をしたら、いや延期で、と帰ってきました。
3月にはいり、終息どころかますますコロナが広がってきたので、自分から中止連絡しないと相手からは言い出しにくいよな、と思って3央まで様子を見てこんな内容で連絡。
「いかがお過ごしですか。コロナが拡大して終息の見込みもなさそうです。
私も4月に東京に引っ越し予定ですので、送別会は中止とさせてください。幹事のご対応ありがとうございました。
皆さんにもよろしくお伝えください」
返信は、「どうしてもやりたいので無期延期にして欲しい」と言うものでした。
こんなに嬉しいことは、滅多にありません。
既に会社をやめて2ヶ月になろうとしていますが、僕にはまだ、残っている送別会があります。
◇僕の会社のシンボルマーク
娘が2人いますが、会社のシンボルマークは、高校生の次女が作ってくれると言い出したので頼みました。
そもそもロゴを頼もうとしてネット検索したら、数十万円というのが相場で、まぁ会社の顔を思えばそうなんだろうなあとは思いますが、そこまでお金かけるのやめよう、フォトレタッチソフトで適当に作ってしまおうと正直おもっていました。
さてどんなのつくってくれるのかなぁ、と思っていたら、出来上がってきたのがこれ。
SOSの真ん中に花の模様。
僕にはかわいらしすぎるよなぁ、と思っていたら。
「お父さんの、誕生日の花だよ」とのこと。
ナスタチウム(きんれんか)。
花言葉は、「愛国心」「勝利」「困難に打ち克つ」らしい。
まさに今が勝負時、困難に打ち勝たねば!
会社のシンボルマークにはそれぞれ意味付けとかがあるとすると、自分でやったら何も考えずにアルファベット並べて終わりそうだったので、少なくとも娘にお願いしてよかったと思っていたら、これだけでは終わりませんでした。
「第二の人生、花をさかせてね!」
言葉につまりました。
◇最後に
今回は、会社名の由来から会社のシンボルマークの話を前後に、間に前にいた会社を退職するときにあった話をいくつか拾い上げて書いてみました。
ちょっとした日常の話ですが、今回書いたような話があるから自分は頑張れると思っています。
記憶に残っていることを切り出して書いているのですが、ここで書いたこと以外にも勇気をいただく出来事はけっこうありました。
本当に感謝しています。
今回はここまでにします。
長々とお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、自分なりに気が向くままに、続編を書いていきます。