仕事 起業物語

会社を運営するうえで大切にしていることと社長の経歴【シンプルワンソフト】

今回は、会社運営で考えていることに加えて、自分の経歴、少しはプライベートな内容にもふれてみようと思います。

 

会社を運営するにあたり考えていること

シンプルワンソフト:会社で大切に思っていること

何を大切に考えているか

ソフトウェアの力ってすごい。

想像したことをプログラムという言語に置き換えると、それがコンピュータの世界で実現する。

いまはやりのメタバースだって、ソフトウェアで実現しています。

最初にプログラムをかいて、それが動いた時の感動、わくわくは忘れられない。

「仕事のなかに想像とわくわくをわすれない」
仕事をやっていく中では、つらいことや苦しいことも時にはありますが、前向きに取り組むことでわくわくがとまらない、そんな会社にしたいと考えています。

そのためには、学ぶ環境があることが大切です。

「成長することで、人は幸福を感じることができる」
成長を続ける会社、成長をし続ける人の集団であり続けたいと考えています。

会社としては、この業界の中でも将来性のある分野を見立てて業務領域を設定しています。

一方で社員、一緒に働くかたについては、「自分の武器を持つ」ことができるといいと考えています。

これは誰にも負けない、そんなスキルを身につけた集団は、素晴らしい集団になると思います。

人それぞれ、個性・違いはあります。その違いを活かせればいい、自分の強みを見つけ、それを成長させていければいいと考えています。

 

今を支えているもの

自分は過去、大企業系列の会社で働いてきました(トヨタ自動車、三菱重工、日立製作所:各社の関連会社)

独立してスキルだけでやっていけると考えた時期もありましたが、今にして思うのはやはり、人間関係は大切だということです。

それぞれで固有のスキルを身につけて、全力でやってきたという自負はあるものの、実際には多くの人に助けて頂いて今があります

大企業につながる人間関係を大事にしながら、拡大も狙っていきたいと考えています。

 

一方、将来を考えたときに、「常に先を見て前に進むこと」は大切です。

安定した経営基盤を築きながら、並行して想像することもわずれずに進みたいとかんがえており、今は自社製品(もちろんソフトウェア)も検討を進めています。

 

 

経歴について

キャリア

会社のホームページの方には略歴をのせました。
しばらく消してもいたのですが、まだまだ小さな会社なので、社長を知っていただくのも必要だということから再掲載しています。
略歴では、細かいことは書けていないので、補足的なことも書いて見ます。

誕生~中学

東京オリンピックの年に東北、宮城県仙台市で生まれました。

もの心がつく5歳頃に、人類がアポロ11で初めて月面に降り立った映像が強く心に刻まれていて、それが最初の就職につながっている気がします

小学生の頃には、学研の科学学習の漫画が大好きで、買ってもらっては飽きずに読んでいました。
勉強とは思っていなかったと思います。
「宇宙のひみつ」「昆虫のひみつ」「飛行機のひみつ」「恐竜のひみつ」「魚のひみつ」「人間のひみつ」とかとか、ひみつシリーズですね。

中学生になって、部活動は剣道部にはいりました。

剣道三昧である程度がんばったものの県の大会では、最高で8位どまりでした。

学校は田舎で周囲が田んぼに囲まれた場所で、勉強はあまりしないところだったので、NHKの番組で興味を持った将棋を授業中にずっとやっていました。

1年半くらいやって、中学3年生で3段にも勝てる程度(実際には2段)まではいきました。

とはいえ「プロ棋士になりたい」というのは、「もう歳だから無理じゃない」という一言で消滅

中2で年齢制限とは、驚きですが、そこそこ強いではプロ棋士は厳しいですね。

今は趣味にしていて、時々指しますが、今のコンピュータには飛車角2枚落としても勝てるかどうかになってしまってます。

 

高校~大学

高校は男子校で、剣道部にはいったもののトランプしかやらない部で、いい成績も残せずにおわりました。

勉強も一時的に頑張って過去1の成績をとって特待生(授業料免除)ともなりましたが、いい気になって学校にもあまり行かずに就職組と遊んでいました。

今となってはいい経験ですが、大学は当然落ちて、浪人することになります。

大学は、理系。

小学生の頃に読みふけった漫画の影響か、アインシュタインと宇宙にあこがれて、東北だったこともあり、東北大学の理学部を目指します

浪人してなんとか合格。東北大学理学部 物理学科

大学では部活動にも力を入れました。
高校で実力を落としたし、防具の汗のにおいに耐え切れず、剣道から空手に転身。空手ではそこそこがんばって、県内ではそれなりの成績は出せたと思います。

今でも健康に気をつかって体を動かすときは、空手の基本稽古みたいなことをやったり、型をやってみたりしています。

ただ、大学で最も力をいれたことといえば、コンピュータ。
プログラミングでした

大学2年の時に、バイト代をためたお金でパソコンを購入しました
世の中はビルゲイツが世に広めたベーシックが隆盛でしたが、僕はC言語から始めます。
友人の親が鉄工所を経営していて、息子である友達がそこでつかうCADを作るということで、そのお手伝い。

そこでプログラミングの面白さにはまり、こづかいをすべてプログラムの本につぎ込んで、ずっとプログラミング。
将来ソフトウェアの道に進もうと思ったのはこの時です

もともと、「大学では将来進むべき道を見つけよう」と思っていたので、何とか見つかった瞬間でした

就職

 

ソフトウェア開発の会社。子供のころからの興味もあり、航空宇宙。
そうすると、就職先候補は自然としぼられてきます

MHIエアロスペースシステムズ(株)入社
宇宙といえば、三菱重工。
でも本体ではソフトウェアの会社にならないので、航空宇宙でソフトウェア開発ができるところ。
そうやって選んだ会社。

業務は、数値計算。ソフトウェア開発よりもパラメータを調整して、形状を作成したりするのが仕事でした。

多くの素晴らしい方(今も大活躍されている方もいます)と知り会えたのですが、
ソフトウェア開発メインとは違っていたのと、将来親を面倒みる必要性などもあり転職。

そこでは、900系からはじまる近年の新幹線形状を決めるのに携われたのはいい思い出です
なお、この時会社で知り合った相手と結婚しました。

転職

日立東北ソフトウェア(現:日立ソリューションズ東日本)に転職

転職して東京へ引っ越し。
経済産業省のオブジェクト指向の日本導入プロジェクトに参画するという貴重な体験をさせてもらえました。
オブジェクト指向の適用では、はじめてづくしで途中プロジェクトは暗礁に乗り上げ、今では考えられない残業200時間越え。
参加していたメンバー10名中半分以上が体調を崩し入院するという経験もしました。

その時のメインプログラマをやっていましたが、私も過労で気管支炎を発症し1週間程入院。
復帰して最後はやりとげるもなかなかに大変な経験でした。

その結果は、日本中に先駆けたオブジェクト指向のシステム適用でプレス発表で生産性5倍という新聞記事になったり、日経コンピュータの記事になったりで、いまとなってはいい思い出です

トヨタ系のシステム開発

そんなこともあり、再度東京から東海地方に戻ってきました。
(株)トヨタシステムズ(旧:トヨタシステムインターナショナル)に転職
本当に様々な経験をさせてもらってます。

数千万から数億規模の数々のプロジェクトのPMに従事。

開発リーダ/PMをいくつも担当させてもらっています。
社内のPMO組織立上げも実施。

当時会社と資本関係もあったIBMからの支援ももらいながらマネジメントについて数多くのスキルを習得しています。
この時は、改善活動を通じて失敗プロジェクトの数を激減させるのに貢献したと思っています。

技術的な部署も立ち上げるということで、その際の立ち上げメンバーとしても参画。

トヨタのシステム開発の基盤となるフレームワーク開発にもPM兼アーキテクトとして参画しています。

システム開発にフレームワークを適用するのが流行りだしたころで、マネジメントだけではなく技術面のスキルを習得する良い機会になりました。

フレームワーク開発には日立時代に培ったオブジェクト指向のスキルも役に立ち、大規模システムのアーキテクチャ設計の経験を重ねることもできました

その際に身につけたノウハウで、数十億規模のプロジェクトに対する技術支援も多数実施。

組織マネージャとしてトヨタシステムズ内で横断的にプロジェクトの技術、マネジメント支援も担当しています。

 

改善活動

トヨタは問題・課題を改善して成長してきた会社なので、改善は社風になっていて関連各社は改善大会を行っていることも多くあります

ずっと予選落ちを続けてきたが、勝ちたいという部下からの思いも受け取って、過去10年分の大会の資料を1週間かけてみんなで分析してみました。

役員が採点するのだけど、どの役員は何に点数をつける傾向があるなども、過去の結果を入手してしっかり分析しました。(ちょっと裏技かも)

その結果が3年連続の改善大会優勝。初回優勝したときは、涙がこぼれるほど嬉しかった記憶があります

 

そして独立

そして、株式会社シンプルワンソフトを設立
そこから現在に至る部分は、本ブログでも記事にはしています。


コロナの発生で大変な時期もありましたが、周囲の人たちのおかげで何とかこれからも継続・拡大していける地盤は整ってきました。

これからもいろいろな壁もあるのかもしれませんが、都度それに「わくわく」しながら、向かい、乗り越えていきたいと考えています。

最後に座右の銘を
「今を生きる」

瞬間、瞬間を大切にしていきたいと思っています

 

一緒に働く人材を募集しています

シンプルワンソフトでは現在、共に働く仲間を募集中です!

拡大のための拠点を近鉄四日市の駅前に構えました。
新宿につづきバスタプロジェクトも進む四日市はこれからも注目の都市です。
事業も軌道にのっており、シンプルワンソフトでは今、一緒に働く人材を強く求めています!

成長意欲の旺盛な方、コミュニケーションスキルの高い方を歓迎いたします。

・上流工程まで携わってみたい
大企業相手の案件が多く、お客様と調整しながらプロジェクトをすすめる仕事
要件検討の仕事の機会も多々あります。

・プロジェクトリーダー/マネージャとしてプロジェクトを推進したい
プロジェクトを引っ張れる人材はエンジニアとして階段を上るのに必要な力だと考えています。
リーダがなかなかいない今、自らチームを先導できる方を求めています。

経験者は優遇しますが、現在スキルがなくとも学ぶ環境があります。

現在、自分は現役で大規模プロジェクトを取りまわしているので、その経験のフィードバックができます。
また、上流工程やプロマネの社外講師もしています。
業務についた折には、他では語っていない特別な内容も含め、長年のノウハウを凝縮してお伝えします。

下記ページより、エントリーが可能です。
ご連絡お待ちしております。

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最後までお読みいただきありがとうございました。

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